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職人型経営からの脱却──『はじめの一歩を踏み出そう』が教える中小企業の成功法則

中小企業経営やスモールビジネスの現場で、自分の得意なことを仕事にすれば成功できると信じていませんか。確かに、高い技術や専門性を持つ職人が独立して事業を始めることは珍しくありません。しかし、残念ながら多くのスモールビジネスが数年以内に廃業してしまうのも事実です。

本記事では、マイケル・E・ガーバー著『はじめの一歩を踏み出そう』を題材に、なぜ職人気質の経営者が失敗しやすいのか、そしてどうすれば持続可能なビジネスを構築できるのかを解説します。40年近い社会人経験を持つ中小企業コンサルタントの視点から、実践的な知見をお伝えします。

なぜ多くのスモールビジネスが失敗するのか

「自分は10年修行してきた職人だ。この技術があれば独立しても大丈夫だろう」

こう考えて独立する人は少なくありません。実際、日本各地で起業支援の現場を見ていると、多くの起業希望者がこのような思考パターンを持っています。カフェを開きたい、工房を持ちたい、自分の店を構えたい。そうした純粋な想いを持って事業をスタートする。

しかし、開業から1年、2年と経つうちに、現実の厳しさに直面します。**思ったほど売上が伸びない。従業員の管理が大変。仕入れや経理、税務といった本業以外の仕事に追われる。**気づけば休みもなく、生活はカツカツ。「こんなはずじゃなかった」という声を、コンサルタントとして何度聞いたことでしょうか。

問題の本質は、優れた職人が必ずしも優れた経営者になれるわけではないという点にあります。技術力と経営力は全く別のスキルなのです。ところが、多くの人はこの違いを理解せずに独立してしまう。マイケル・E・ガーバーはこれを**「E-Myth(起業家の神話)」**と呼び、スモールビジネスが失敗する最大の原因だと指摘しています。

マイケル・E・ガーバーと『はじめの一歩を踏み出そう』

『はじめの一歩を踏み出そう』(原題:The E-Myth Revisited)は、アメリカの著名なビジネスコンサルタント、マイケル・E・ガーバーが著した経営書です。現在80代後半のガーバー氏は、もともとセールスマンとして優れた成績を残していた人物でした。自身のノウハウを体系化し、特にスモールビジネスに特化したコンサルティングを展開。アメリカでは**「スモールビジネスの神様」**とも呼ばれる存在です。

この本は世界中で800万部以上売れていると言われていますが、日本ではそれほど知名度が高くありません。知っている人は知っている、しかし知らない人は全く知らない。そういう位置づけの本です。私自身、2012年の改訂版で購入しましたが、初版は2003年に出ています。

本の構成は物語仕立てになっており、あるパイ職人の女性が事業を拡大していく過程での悩みや失敗を通じて、経営の本質が語られます。読みやすく、かつ実践的。理論書というよりは、現場で使える知恵が詰まった一冊です。

ガーバーが繰り返し強調するのは、「自分の得意なことを商売にすれば成功する」という考え方が最大の幻想だということ。これは本当に衝撃的な指摘でした。実際、独立を考える人の多くが、まさにこの考え方を持っているからです。

経営者に必要な3つの人格

ガーバーは、ビジネスを運営する人間には3つのタイプ(人格)があると説明します。多重人格という意味ではなく、経営者の中にこの3つの要素がバランス良く存在する必要があるということです。

職人(Technician)

実際に手を動かして仕事をする人。専門技術を持ち、その道のプロフェッショナル。物を作る、サービスを提供するといった現場作業が得意。ただし、目の前の仕事に没頭しすぎて、全体が見えなくなりがちです。

マネージャー(Manager)

仕組みを作り、管理する人。効率化やシステム化を考え、組織をマネジメントする。職人が作り上げた技術を、誰でも再現できるようにする役割。数字や工程管理、品質の標準化などに関心があります。

起業家(Entrepreneur)

未来を描き、ビジョンを語る人。「こうなりたい」「こういう世界を作りたい」という夢を持ち、それを実現するために事業を動かす。リスクを取り、新しいことに挑戦する存在です。

この3つは、実は互いに対立しやすい関係にあります。職人は「とにかくクオリティを追求したい」と考える。マネージャーは「効率を上げて生産性を高めたい」と考える。企業家は「もっと大きく、もっと新しいことに挑戦したい」と考える。それぞれの視点が異なるため、同じ人間の中でも葛藤が生じるわけです。

重要なのは、事業の成長段階に応じてこの3つのバランスを変えていくことです。独立したばかりの頃は、職人として自分が現場で働くことが中心になるでしょう。しかし、従業員が増え、事業規模が大きくなるにつれて、マネージャーとしての比重を高め、システムを構築する必要があります。さらに成長を目指すなら、企業家としてのビジョンも必要になってくる。

ところが、多くの経営者は最初の「職人」の段階から抜け出せません。自分が現場で働き続けることに執着し、仕組み作りを後回しにしてしまう。これが問題なのです。

「職人型経営」という最大の神話

ガーバーが指摘する最大の問題点は、「自分の得意なことを商売にすれば成功する」という神話です。これを**「E-Myth(Entrepreneurial Myth:起業家の神話)」**と呼びます。

例えば、あなたが素晴らしいコーヒーを淹れる技術を持っているとしましょう。カフェで10年働き、お客様からも評価が高い。「これだけの腕があれば、自分の店を持っても成功するだろう」と考えて独立する。これは一見、理にかなっているように思えます。

しかし現実はどうでしょうか。独立した途端、コーヒーを淹れる以外の仕事が山のように押し寄せてきます。仕入れ先の選定、価格交渉、在庫管理。従業員の採用、教育、シフト管理。会計処理、確定申告、税務処理。店舗の清掃、設備のメンテナンス。

自分が働いていた頃は、これらすべてを誰かがやってくれていました。あなたはただ、おいしいコーヒーを淹れることに集中すればよかった。ところが経営者になった瞬間、すべてが自分の責任になる。得意なコーヒーを淹れる時間は減り、苦手な経理や管理業務に追われる日々

さらに厳しいのは、カフェというビジネスモデルそのものの難しさです。客単価は高くても1,000円から1,500円程度。回転率を上げなければ利益は出ません。しかし、あなたが目指していたのは「居心地の良いサードプレイス」。お客様にゆっくり過ごしてもらいたい。この矛盾にどう対処するのか。

原材料にこだわれば仕入れコストが上がる。人件費を抑えようとすればサービスの質が下がる。家賃、光熱費は固定費として毎月出ていく。気づけば、自分の給料すら十分に取れない。休みもない。「これは商売なのか、それとも趣味なのか」と問われるような状況に陥ってしまう。

これが、職人型経営の典型的な失敗パターンです。技術力だけでは、ビジネスは成立しないのです。

職人とマネージャーの対立構造

ガーバーの理論で興味深いのは、職人とマネージャーは基本的に相容れない関係にあるという指摘です。

職人の視点から見ると、マネージャーの考え方は理解しがたい。「10年かけて磨いた技術を、3ヶ月で誰でもできるようにしろだって? 冗談じゃない」という感覚です。品質へのこだわり、細部への注意、時間をかけて完成させる姿勢。これらは職人にとって譲れない価値観です。

一方、マネージャーの視点では、職人のこだわりは非効率に見える。「いくらクオリティが高くても、一日に5個しか作れないのでは商売にならない。システムを作って、一日20個作れるようにしよう」と考える。品質を一定に保ちながら、生産性を高める。それがマネージャーの役割です。

この対立は、実は一人の経営者の中でも起こります。「自分の作ったこの商品は最高だ。しかし、従業員に任せると同じクオリティが出せない。やはり自分がやるしかないのか」と悩む。この悩みは、多くの職人型経営者が直面する問題です。

ここで必要なのは、両者の利害を調整する視点です。確かに職人的なクオリティは重要。しかし、それを守りながらも生産性を上げる方法はないか。システム化やマニュアル化によって、ある程度の品質を保ちながら効率を上げることはできないか。

実は、この調整こそが経営者の最も重要な仕事なのです。自分の中にある「職人の心」と「マネージャーの頭」をどうバランスさせるか。これができるかどうかが、事業が成長するかどうかの分かれ道になります。

システム化とマニュアル化は違う

ガーバーが強調するのは**「システム化」の重要性**です。しかし、ここで注意が必要なのは、システム化とマニュアル化は同じではないということです。

多くの経営者が誤解しているのがこの点です。「システム化=マニュアルを作ること」ではないと思い込んでしまう。そして、作業手順を細かく書いた分厚いマニュアルを作成する。「このヤスリで10秒間磨いて、次に別のヤスリで20秒間磨く」といった具合に。

確かに、手順書は必要です。しかし、それだけでは不十分なのです。なぜなら、マニュアルは「How(どうやるか)」しか教えないからです。重要なのは**「Why(なぜそうするのか)」**の部分です。

例えば、あなたが木工職人だとしましょう。握り手の部分のフィット感が商品の最大の特徴だとします。この部分を作る際、「100番のヤスリで10秒、次に200番のヤスリで15秒」という手順をマニュアル化したとします。

従業員はその通りに作業するでしょう。しかし、何か問題が起きたときにどうするか。木材の種類が違ったら? 気温や湿度が違ったら? マニュアル通りにやっても、同じクオリティにならないことがあります。

そのとき、**「なぜこの工程が重要なのか」「何を実現するための作業なのか」を理解していれば、臨機応変に対応できます。「握り手のフィット感を最高にするため」**という目的がわかっていれば、状況に応じて微調整ができるのです。

これが本当の意味でのシステム化です。マニュアルは一部に過ぎません。システム化とは、経営者がいなくても事業が回る仕組みを作ること。そのためには、作業手順だけでなく、理念、目的、判断基準なども含めて体系化する必要があります.

マクドナルドを例に考えてみましょう。マクドナルドには確かに詳細なマニュアルがあります。しかし、それ以上に重要なのは、「速さ」「清潔さ」「一貫性」という価値観が全従業員に浸透していることです。この価値観があるから、マニュアルにない状況でも適切な判断ができる。

システム化とは、単なる作業の標準化ではありません。事業の考え方、価値観、判断基準を含めた総合的な仕組み作りなのです。

フランチャイズから学ぶべきこと

ガーバーは、職人型の経営者がシステム化を学ぶ最良の方法として、フランチャイズビジネスを挙げています。ただし、これは「フランチャイズに加盟しろ」という意味ではありません。フランチャイズのシステムから学べという意味です。

なぜフランチャイズが有効なのか。それは、すでに完成されたシステムがあるからです。創業者の職人技を、誰でも再現できる形に体系化している。コンビニエンスストアがその典型例でしょう。

私が学生時代にアルバイトをしていたコンビニ(今はもうないサンチェーンという店です)でも、システム化の重要性を目の当たりにしました。日配品の配送ルートは効率的に設計されており、新店舗を出す際も既存の配送ルートに乗せる形で展開する。これにより、配送コストを最小限に抑えられる

また、商品の陳列方法、在庫管理、発注システムなど、すべてがマニュアル化されている。アルバイトでも、一定のトレーニングを受ければ店舗運営ができる。これがシステムの力です。

もちろん、フランチャイズに加盟すればロイヤリティを支払う必要があります。当時バイトしていた店の店長も、「ロイヤリティが高いから別のチェーンに移ろうか悩んでいる」と話していました。しかし重要なのは、そのロイヤリティの対価として何を得ているかです。

ブランド力、広告宣伝、物流システム、商品開発力。これらすべてを個人で構築するのは不可能です。フランチャイズは、これらを含めたパッケージを提供している。その価値を理解した上で判断すべきです。

実際、私が知っているある店長は、サンチェーンで独立しました。ロイヤリティは他より高かったかもしれませんが、彼が重視したのは**「売上を伸ばせば利益も増える」**という点でした。商品の差別化が難しい業界だからこそ、接客や店舗運営で差をつける。その結果、40年以上経った今でも店を続けています。

フランチャイズから学ぶべきは、「創業者の職人技をシステムに落とし込む」という発想です。マクドナルドも、もともとはマクドナルド兄弟という職人が作った店でした。それをレイ・クロックという人物がシステム化し、世界的なチェーンに成長させた。

あなたが独自に事業をやる場合でも、この考え方は応用できます。「自分がいなくても回る仕組み」を作ること。それがシステム化の本質です。

運命の分かれ道をどう選ぶか

事業を始めて数年経つと、必ず**「分かれ道」**に立たされます。ガーバーはこれを重要な転換点だと指摘しています。

一方の道は、職人として生きる道。自分の技術を磨き続け、こだわりの商品を作り続ける。お客様も喜んでくれる。しかし、事業としての拡大は望めない。売上は頭打ちになり、自分の労働時間に依存した経営が続く。休みはなく、生活はカツカツ。でも、やりがいはある。

もう一方の道は、経営者として生きる道システムを構築し、従業員を育て、事業を拡大する。自分が現場にいなくても回る仕組みを作る。利益も増え、従業員の待遇も改善できる。しかし、自分が職人として現場に立つ時間は減っていく

どちらが正しいということではありません。重要なのは、自分がどちらを選ぶのかを明確に決めることです。曖昧なまま進むと、中途半端な状態に陥ります。

実際の現場では、多くの経営者が後者を選びたいと思いながらも、前者の道を歩んでいます。なぜか。システム化の方法がわからないからです。あるいは、職人としての自分を手放すことへの恐れがあるからかもしれません。

ここで思い出すのが、地方のカフェ経営者の例です。彼は最高品質の豆を使い、こだわりのスイーツを提供していました。お客様の評判も上々。しかし、売上は伸び悩んでいました。原材料費が高く、回転率も低い。結局、自分一人で休みなく働く状態が続いていました。

ある日、彼は決断しました。一部の商品については品質を少し下げ、その代わりに価格を抑える。アルコールメニューを増やし、夜の営業も始める。従業員を雇い、自分は経営に専念する時間を作る。

当初は葛藤がありました。「自分のこだわりを捨てるのか」という思いです。しかし、結果として事業は安定しました。以前より多くのお客様に来ていただけるようになり、従業員も雇用できた。自分の時間も少し持てるようになった。

もちろん、これが唯一の正解ではありません。職人として生きる道を選び、小さくても満足のいく経営を続ける人もいます。重要なのは、自分がどちらを選ぶのかを意識的に決めることなのです。

まとめ:実践しない限り何も変わらない

『はじめの一歩を踏み出そう』が教えてくれるのは、職人的な技術だけではビジネスは成功しないという厳しい現実です。しかし同時に、システム化とマネジメントの考え方を取り入れることで、持続可能な事業を構築できるという希望も示しています。

経営者に必要な3つの人格(職人・マネージャー・企業家)のバランスを意識すること。事業の成長段階に応じて、そのバランスを変えていくこと。特に、職人からマネージャーへの移行が、多くのスモールビジネスにとって最大の課題となります。

**システム化は、単なるマニュアル作成ではありません。経営者がいなくても事業が回る仕組みを作ること。**そのためには、作業手順だけでなく、理念や判断基準も含めた総合的な体系化が必要です。フランチャイズビジネスから学べることは多いでしょう。

そして、運命の分かれ道では明確な選択が求められます。職人として生きるのか、経営者として生きるのか。どちらを選ぶにしても、曖昧な状態で中途半端に進むのが最も危険です。

ガーバーは本の最後にこう書いています。「聞いたことは忘れてしまうが、見たものは記憶に残る。しかし自ら実践しない限りは、何も理解することはできない」

知識を得るだけでは意味がありません。**実際に行動に移すこと。自分の事業に当てはめて考え、一つずつ実践していくこと。**それが、本当の意味での「はじめの一歩」なのです。

あなたの事業は、今どの段階にいますか。職人としての自分と、経営者としての自分のバランスは取れていますか。**システム化に向けて、今日からできることは何でしょうか。**この問いに向き合うことが、持続可能なビジネスへの第一歩となるはずです。

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