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羽田空港事故に見る危機管理の要諦

事故の経緯 「奇跡の18分」は本当に奇跡か?

それは1月2日の夕方だった。正月が明けた途端、元旦に能登半島地震が急襲し、正月気分が吹き飛んだと思った矢先である。目の前に信じられない光景が飛び込んできた。何と日航機が大炎上しているではないか!なんだ一体、どうしたんだ!と思わず叫ばずにはいられなかった。

幸いにも、この事故で新千歳発羽田行き516便に乗車していた乗客・乗務員379名は全員無事であった。海外メディアでは、機体が大炎上する中で全員が生還できたことに、「奇跡の18分」と称賛されているようだ。一方で、能登半島に物資を運搬するという使命を負い、羽田を飛び立とうとして不運にも事故に遭遇し、命を落とされた方々には衷心より哀悼の意を表したい。

現在事故の原因調査が進められているところなので、軽々にその原因を追究することはここでは避けたい。おそらくは、様々な複合的な要因が重なって事故を惹起せしめたのであろうし、逆に、この「奇跡」と呼ばれる事象にも複合的な要因が絡んでいたことは想像に難くない。

しかし、僭越ながら危機管理・防災のプロの端くれから言わせて頂くと、このことは決して奇跡でも何でもない、「日頃の鍛錬のなせる業なのだ」と言いたい。一部の報道を見ると、的確な指示がなされていたようには思えないといった乗客の声もあるようだが、客室が混乱している中でCAの声が聞き取りにくい状況にあったことは容易に想像でき、また、日本航空側が適切な避難指示と誘導がなされたと報告していることからも、また何よりも、実際に全員が無事であったということが、的確な避難指示・誘導があったことを如実に物語っていると考えるべきであろう。

航空機事故の転機と原因究明から導かれる再発防止策

 さて、では、何故、全員無事で脱出できたのであろうか?奇跡ではなくて、全員無事を当然のごとく完遂できた背景には何があったのだろうか?それには、航空機事故が発生する度に徹底して調査がなされる航空業界特有の特性を考える必要がある。

遡れば航空機事故での大惨事は過去にもあった。最大の分岐点とされるのが、1978年12月28日午後に発生したユナイテッド航空173便の事故である。詳細は他の文献に譲るが、端的に言えば、機長が、車輪が出ているかの確証が持てないまま残燃料の目算を誤り、エンジン停止に陥り墜落してしまったという事故であるが、問題は、航空機関士が機長の認識の誤りに気が付いていたにもかかわらず、その認識の誤りを正せないまま無為に時間を経過し、結局は燃料切れで墜落してしまったというところにある。

ここで一つ注目すべきことがある。実は航空機事故が発生すると、事故に関する個人的な責任を追及しようとはせず、徹底的な究明がなされるという点である。個人の責任追及をしない代わりに徹底してその原因を追究することで航空機事故を無くすという考え方が徹底されており、これは国際的なルールとなっている。アメリでは、こうして得られた事故の調査結果を民事訴訟で証拠として採用することは法的に認められていない。かように、責任追及よりも原因究明を徹底し、再発防止策を講ずることが航空業界特有の特質であることをまずは理解しておきたい。

ユナイテッド航空173便の事故にも事故原因の徹底的な究明がなされた。そして、この事故の原因に関する調査報告書が公表されてから、各担当航空会社に対して勧告がなされている。その一つが、チームワークを重視したリスク管理に関する訓練をメインとする、乗務員のコックピット・リソース・マネジメントの原則に習熟するよう処置を講ずることであった。この原則において機長には参加型管理の技術、その他のコックピットクルーには主張の技術を習得することが望まれるとされた。それから数週間のうちNASAにおいてもこの訓練は検討されるところとなり、今では、「クルー・リソース・マネジメント(CRM)」と呼ばれている。CRM訓練の目指すところは、クルー間の効果的なコミュニケーションを図ることにある。この訓練では、副操縦士など、機長の補佐的立場にあるクルーが、上司に自分の意見を主張するための手順を学び、権威的立場にある機長の方には、部下の主張に耳を傾けることを学ばせ、明確な指示を出す技術を磨かせるのである。かかる訓練により、コミュニケーションを活性化し、チームワークを機能させることで、緊急事態においても部下が意見を言いやすい環境醸成を図ったのである。

今回の羽田空港事故では、実は、何らかのトラブルにより客室乗務員と機長との通信手段が機能せず、直接のコミュニケーションが取られていなかったため、クルー・リソース・マネジメントが乗客・乗務員全員の無事に直接的なインパクトを与えてはいないが、いざというときのコミュニケーションの在り方に習熟しておく意義は決して少なくはないであろう。

「奇跡の18分」はどのようにして起こったのか?

 冒頭、今回の羽田空港事故は決して奇跡なのではなく、「日頃の鍛錬のなせる業なのだ」
とお伝えした。日頃から訓練をしていた成果が顕れたということなのだが、先にお伝えした通り、この奇跡と呼ばれる事態の背景には、まず、事故が起きたら必ず徹底してその原因を追究しようとする航空業界の不断の努力の積み重ねがあったということを看過してはならない。先に示したように、ユナイテッド航空173便の事故を契機にクルー・リソース・マネジメント訓練を課し、機長とそれ以外のクルーとのコミュニケーションの在り方に関する新たな訓練を取り入れたりもする。また、ある事故を契機に、「90秒ルール」が確立され、機体が少なくとも乗客が脱出するために必要な最低限の時間とされる90秒を持ちこたえることが機体認証の要件とされ、今回の羽田空港事故で炎上したエアバスA350については、実は、炭素繊維強化複合材が使用され強度が強化されていたというのである。この90秒ルールについては、ドアの片側50%が使えない状況下でも90秒で避難できることという、避難に関する要件のみその重要性が取り上げられていて、その前提となっている機体の耐性としての90秒ルールが看過されているとする主張もあり、改めて本質を見誤ってはならないとも思う。いずれにしろ、この90秒ルールが、今回の羽田空港事故で奇跡と呼ばれる事態を生んだ大きな要因であったということができる。

危機管理とは?リスクマネジメントとクライシスマネジメントの違い

 これまで見てきたように、今回の羽田空港事故でJAL機の乗客・乗員が無事だったのは決して奇跡ではなく、原因を究明し再発防止策を絶えず講じてきた航空業界の不断の努力の結果であり、また「鍛錬の賜物である」。

 ここで危機管理についての考え方に触れておきたい。実は、危機管理と言っても、有識者や論者によって、その意味するところにかなり幅があり、明確な定義は定まっていないのが実情である。したがって、リスクマネジメントとクライシスマネジメントの違いについても明確な定義が与えられているとは言い難く、まず、危機管理という用語そのものについては、論者によってかなりその意味するところに幅があることを理解して頂きたい。

そもそも、リスクという言葉そのものが持つ意味についても多義性が認められ、これらの言葉の定義についは、これまでさまざまな議論がなされてきている。ここで、危機管理について明確な定義を与えることは適切ではないと考えるし、この議論を冒頭ではなく、最後に持ってきたのは、リスクマネジメントとクライシスマネジメント、あるいはリスクと危機、クライシスとはどう違うのかいった議論をすることにエネルギーを割かれ、災害を未然に防ぐためにはどうしたらいいのか、あるいは、災害が発生した後、できるだけ被害を防ぐためにはどうしたらいいのか、この事故を惨事に至らせなかった背景には何があるのか、といった本質的な議論が後回しになってしまうからである。そこでもし、この定義や議論に興味・関心がある方は末尾に参考文献を記しておくので研究対象としてほしい。

 さて、前置きが長くなったが、そうは言っても、最後に「危機管理の要諦」を語るにあたって、ある程度の枠組みを与えておく必要があるので、筆者なりの定義をお伝えしておく。リスクマネジメントとは、被害を想定し、被害が発生する前に、被害を未然に防ぐための抑止策を講じたり、被害軽減策を講じることによって、人的・物的(財産)被害等の直接的な被害をなくし、発災後の対応を迅速かつ効果的に行うための事前の準備を指す。一方、クライシスマネジメントとは、発災後の災害発生状況下において、被災者対応や被害拡大防止のための実際の対応を指す。端的に言えば、被害の発生を可能な限り減らすために事前の対策を講ずること(事前の計画と対策)がリスクマネジメントであり、災害発生後に実際に対応する(事後の対応)のがクライシスマネジメントと考える。災害が発生する前と後が明確な分岐点になっている。

危機管理の要諦は「災害イマジネーション」

 最後に、冒頭のテーマにもう一度戻りたい。なぜ、乗客・乗員が全員無事で生還できたのか?「日頃の鍛錬の賜物」が答えなのだが、実はその日頃の鍛錬が非常に重要なのである。

東京大大学生産技術研究所目黒教授によれば、「イメージできない災害には絶対に適切に対応できない」からである。逆な言い方をすれば、普段、如何に災害を具体的にイメージできるような訓練ができているかにかかっているといっても過言ではない。ある特定状況下で、時間経過に伴い、自分の周囲でどんなことが起こりそうかを具体的に想像する能力を災害イマジネーションという。今回の事故では、まさに客室乗務員による災害イマジネーションが見事に機能したことが奇跡に繋がったと筆者は考える。

日本航空の広報発表資料によれば、脱出時には、機内のアナウンスシステムが不作動となったため、客室乗務員は肉声とメガホンで誘導したようである。また、機体が炎に包まれる中、安全に脱出できる出口を客室乗務員が判断し、3箇所の非常脱出口から乗客乗員が脱出したようである。同社幹部によれば、非常ドアの操作などの緊急脱出訓練を全乗務員が年1回、丸1日かけて行い、ブラッシュアップをしていて、その成果が出たと考えているようだ。    

ここで重要なポイントは、客室最後部は右側のドアの近くから出火が確認されたために開けることができないと判断し、一方で左側が出火していないことを確認したため、ドアを開放したとされている点である。何らかの理由で機内のインターホンや通信システム(PAシステム)が故障したため、機長の承認を得ることができない中にあって、日頃の訓練のケーススタディをもとに、客室乗務員の判断でドアを開放したとされている点である。そのほかにも、客室乗務員が「安全のため『手荷物を持たずに脱出していただきたい』というお願いを、乗客が受け入れて手荷物を持たずに避難指示に従ったことも要因の一つと考えられる。

災害時に想定していないことは必ず起こり得る。その際に重要なのが、指示を待たずに現場で主体的に判断できる人材を養成しておくことである。要は日頃の訓練を通じて、客室乗務員の災害イマジネーション力を養成できていたことがこの奇跡に繋がったと考えられる点である。何度も繰り返しているように、要員はこれだけではなく、脱出口の半分が使えない状況で90秒耐えられるよう、機体の耐性が向上していたこと、90秒で避難できるよう避難訓練を重ねていたこと、また乗客が冷静に手荷物を持たずに客室乗務員の指示に従った事等複合的な要素が重なった結果であろう。しかし、これらの要因の中で筆者が最も強調したいのは、想定にない事態が発生した場合に災害イマジネーションを働かせて、本来求められた指示を待つことなく、主体的に判断することができる人材を養成していたことであると考える。

危機管理の要諦である災害イマジネーションはどうやって養成するのか?

実は、筆者は、防災・危機管理コンサルタントとしてNTTラーニングシステムズ在職中、当時画期的だとされたeラーニングコンテンツを開発したことがある。このコンテンツを開発するにあたって、災害対応力を評価するための災害シナリオに目黒教授と数十時間にも及ぶ議論を重ねた。企業の管理職を対象にしたシナリオを考えたのだが、目黒教授からはかなり厳しい質問を浴びせられた、例えば、こうである。

「先生、高層階にオフィスがあれば当然エレベーターが停まります。なので、シナリオで、「管理職Aの部下であるBは、エレベーターで顧客と移動中であったが、突然足元からドスンという音が聞こえたため、慌ててエレベーターの階の全てのボタンを押した」と説明した途端、目黒教授から「木村さん、そのBの乗っているエレベーターは何色?ボタンは何列でどんな形?」と訊かれたのである。思わず、「そこまで考えていませんでした」と答えると、「災害イマジネーションが足りないね」と笑われてしまったのである。防災や危機管理のプロと自負していた自分にとってはかなりショックな一言ではあった。要は、災害が発生した際のイメージをできるだけ具体的に持つことが、その後の適切な行動や対応に繋がるということなのである。この考え方を基にして、「災害イマジネーション演習」というコンテンツを創り上げた。刻々と変わる災害状況下で、次々と状況を映像を使って付与することで、どんなことが起こるかを具体的にイメージして書いて貰い、これを防災の専門家が8つの評価基準【情報収集力、判断力、伝達力、意思決定力、行動力等】で災害対応力を診断するというプログラムである。次から次へと状況を付与されることによって、この後何が起こりそうかを先読みする力、災害イマジネーションを養成できるコンテンツである。

JAIROが提供する様々なBCP研修には、これらのコンテンツ開発に係るノウハウや自治体防災研修のノウハウ、BCPに係る様々なコンサルティングノウハウが凝縮されており、災害時に適切に対応できる災害対応力を養成するための様々な工夫が施されている。本コラムにご興味・ご関心がある方は、是非これらのBCPに関するコンテンツをご覧いただきたい。また、羽田空港事故を見て、自組織のBCPに不安をお持ちの方、BCPは作ってはみたもののなかなか動かない、BCP演習はやってはいるが、実際に災害時に機能するか不安であるといった課題をお持ちの方は、この機会に相談していただきたい。機能するBCP、機能するリスクマネジメント・クライシスマネジメントの力になれればと思う。

参考文献

1.効果的な防災投資体制を実現するための防災関連事業費の分析~福島県矢吹町におけ
る事例から~

2.「災害イマジネーション」力を高め適切な対策を進めることが大事

3. リスクマネジメントと危機管理 ~想定内と想定外:原点に戻って考える~

4.クライシスマネジメントとは?リスクマネジメントとの違いや具体的な進め方を解説

5.タワーリングインフェルノに学ぶ危機管理の本質

JAIRO総合コンサルティング講師 

危機管理コンサルタント・防災コンサルタント(防災士)木村正清

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